大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成4年(ワ)9438号 判決

原告

村上正

被告

富士火災海上保険株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、一七〇万〇〇三三円及びこれに対する平成四年一一月三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  本判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、三五五万円及びこれに対する平成二年一〇月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交差点で右折のため停止していた普通乗用自動車に後続の普通乗用自動車が追突し、そのため被追突車がさらに前方で右折のため停止していた原告運転の普通乗用自動車に追突し、原告が頸部捻挫等の傷害を負つた事故(いわゆる玉突き事故)に関し、原告が最初の追突車の自賠責保険会社に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)一六条一項に基づき、後遺障害に基づく損害に関する保険金の支払いを求め提訴した事案である。

一  争いのない事実等(証拠摘示のない事実は、争いのない事実である。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成二年一〇月二七日午前五時一〇分ころ(甲第一号証)

(二) 場所 大阪市中央区高津二丁目六番地九号先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 被追突車 原告運転の普通乗用自動車(なにわ五五あ九四八七、以下「原告車」という。)

(四) 中間車 訴外嶋村泰宏が運転していた普通乗用自動車(和泉五二と八一九二、以下嶋村車」という。)

(五) 追突車 訴外北村直美(以下「北村」という。)が保有し、かつ、運転していた普通乗用自動車(なにわ五六に三二二二、以下「北村車」という。)

(六) 事故態様 交差点で右折のため停止していた嶋村車に後続の北村車が追突し、そのため嶋村車がさらに前方で右折のため停止していた原告車に追突し、原告が頸部捻挫等の傷害を負つたもの

2  自賠責保険契約

北村は、平成元年三月二日、被告との間で北村車に関し、自賠責保険契約を締結した。

3  原告の既存障害及び後遺障害

本件事故により生じた原告の損害に関し、平成三年一月二二日、後遺障害を除き、(治療費以外に)賠償金として六五万円を支払う旨の示談が成立した。

原告には、本件事故の三年前にも交通事故で腰痛のため入院していたことなどにより、第五腰椎と第一仙椎間に腰椎変形性脊椎症(腰部脊柱管狭窄症)、腰椎椎間板ヘルニアが存在し、黄靱帯の肥厚による馬尾神経への著明な圧迫が生じており、本件事故前から時々腰痛、両下肢のだるさが存していた。

原告は、同年四月三〇日、症状が固定したとされ、自動車保険料率算定会(以下「自算会」という。)により、自賠法施行令二条別表(以下「等級表」という。)一二級相当に該当(準用)するものと認定されたが、前記既存障害について同表一四級一〇号に該当するものと判断されたため、右一二級該当金額である二一七万円から右一四級該当金額七五万円を控除した残余の金額である一四二万円を支給された。

二  争点

1  原告の後遺障害の程度

(原告の主張)

原告は、本件事故前にも交通事故で受傷し、緑風会病院へ入通院していたが、間もなく治癒し、本件事故の直前は全く通院を要しない状態であり、夜間を中心に毎月二二日前後稼働し、平均七〇万円程度の売上げを得ていた。

本件事故は、追突により原告車が停止線を越え車両一台分以上押出されたものであり、加害車両の前部の損傷が極めて激しいことからもその衝撃の激しさが裏付けられる(なお、本件事故は玉突き事故ではあるが、間に狭まれた車両より先頭車により強い衝撃が加わることは公知の事実である。)。右衝撃は、健常な者であつても原告のごとき後遺障害が出現する可能性を否定できないものであつたが、原告は、腰部に既存病変を有していたため、右衝撃により、同事故後、急激に腰部痛、両下肢知覚・筋力低下等の症状が発症したものである。

原告の症状は、事故後悪化した諸症状が硬膜外ブロツク注射の連用によりいつたん軽快したものの、やがて右注射の効果も上らなくなり、一定期間経過後、症状の急激な増悪をみたものである。

したがつて、原告の本件事故による後遺障害は、等級表九級一〇号に該当する。

(被告の主張)

本件事故による原告車の被害状況は、リアバンパー凹損、リアスカート凹損に過ぎず、軽微であり、同事故後の原告の症状は、既存障害である椎間板ヘルニア、腰部背柱管狭窄症に通常伴う一般的症状の域を出ておらず、事故に起因した急激な症状悪化は認められないばかりでなく、かえつて事故から三か月後には大幅な症状緩解が認められ、両下腿の間欠的痙攣は恒常的なものではない。しかも、原告は、本件事故後、同事故前と同程度ないしそれ以上にタクシー運転者として稼働しており、稼働日数、走行距離とも事故前と比較し、そんしよくがない。

したがつて、原告の後遺障害は、せいぜい等級表一二級相当に該当(準用)するものと認定するのが相当であるから、本訴請求は棄却されるべきである。

2  その他後遺障害による損害額全般

第三争点に対する判断

一  原告の後遺障害の程度

1  本件事故態様

本件事故態様が、交差点で右折のため停止していた嶋村車に後続の北村車が追突し、そのため嶋村車がさらに前方で右折のため停止していた原告車に追突し、原告が頸部捻挫等の傷害を負つたものであることは当事者間に争いがない。同事故により、北村車にはフロントバンパー右凹損、右ライト割れ、ボンネツト右曲損、嶋村車には左後テールランプ割れ、リアバンパー左凹損、左後部フエンダー曲損、原告にはリアバンパー凹損、リアスカート凹損の各損傷が生じた(乙第一二、第一三号証、検乙第四、第五号証)。なお、原告は、右損傷の他、リクライニング歯車の故障、車体枠の歪みが生じたと主張するが、右供述を裏付ける客観的証拠は見出し難い。

また、原告は、衝突後、リクライニングが後に倒れ、下半身が不自由ということもあり、起上がることもできず、原告車の外に出ることができなかつたと供述するが(原告本人尋問調書六項)、原告は、捜査段階においてかかる供述をしていないのみならず、衝突後、首を少し回して後方を見ると二台の車両が密着しているのが見え、その後個人タクシー協同組合に無線連絡をしたと述べていること(乙第二二号証)に照らし、信用できない。

2  治療経過

原告には、本件事故の三年前にも交通事故で腰痛のため入院していたこと及び加齢のため、第五腰椎と第一仙椎間に腰椎変形性脊椎症(腰部脊柱管狭窄症)、腰椎椎間板ヘルニアが存在し、黄靱帯の肥厚による馬尾神経への著明な圧迫が生じており、本件事故前から時々腰痛、両下肢のだるさが存していたことは当事者間に争いがない。

右のうち、腰部脊柱管狭窄症とは、脊柱管の中央部、外側部、又は両者における馬尾神経や神経根の圧迫ないし絞扼であり、椎間板ヘルニアなどと組み合わされた混合型狭窄症の頻度が高く、症状は、腰痛、下肢痛及び間欠跛行であり、腰痛は慢性的なことが多く、それが局在する場合の多くは下部腰椎ないし腰仙椎領域に原因があるのであつて、腰椎下位の神経根が圧迫ないし絞扼される場合は、疼痛は大腿や下腿の後面、側面、さらに足部、足指に放散するのが通例である。また、椎間板ヘルニアとは、椎間板中の線維輪から髄核が押出された状態をいい、腰痛の他、坐骨神経痛(臀部から大腿後面、下腿外側、ふくらはぎ、足背から足趾の全範囲又は一部に分布する疼痛、こわばり、しびれ感など)を伴うことが多い(乙第五ないし第七号証)。

原告は、本件事故後、東住吉森本病院で腰部打撲、右肋骨打撲の傷病名で治療を受け、さらに、翌日以降、医療法人緑風会病院で胸腹部打撲、頸部捻挫、腰部捻挫等の傷病名で、治療を受けたが、その際の原告の主な症状は、腰痛・両下肢のしびれ(平成二年一〇月二八日)、腰の動き・伸展制限・痛み、感覚低下、しびれ感(同年一一月五日)、腰痛(同月一二日)、腰痛、鈍痛感、しびれ(同月一九日)、腰痛、鈍痛感、両足首の痛み(同月二六日)、腰痛(同年一二月一〇日)、胸部痛減少、頸部痛低下、上腕しびれ減少(同月一七日)、腰痛、両下肢疼痛、両足しびれ(同月二四日)、腰痛軽減、両下腿痛、足底部しびれ(平成三年一月八日)等が生じ、その後同月二二日示談成立後同年三月四日まで受診中断したが、やがて右踵部痛みが増加し(同年三月一二日)、低背部痛が非常に減少し、左足痛み残存し(同月一九日)、下肢に痙攣及びつつぱり感が生じたこと(同月二六日)等であつた(乙第一ないし第三号証)。

同病院では、右症状の軽減のため、原告に対し、物療(ホツトパツク)による治療を実施していたが、平成二年一二月二五日、硬膜外注射を腰部に行つたところ、効果がみられたので、平成三年一月八日にさらに硬膜外注射を行つた。その後、同月二二日、前記示談成立後、いつたんは治療を中止したが、同年三月一二日、同月一九日、四月二日、さらに硬膜外注射を実施した(同号証)。右硬膜外注射は有効であり、原告は、倉都医師に対し、同年四月九日には、少し痛みがあるくらいでとても楽であり、足の痛みも同注射後二か月間は楽であつたと述べるなどしたが、同日、原告は、前月二六日と同様除痙攣、つつぱり感が生じたとして再来院した(乙第三号証)。

なお、同病院の医師である証人倉都滋之(以下「倉都医師」という。)は、右二六日に下肢に痙攣及びつつぱり感が生じた理由につき、事故後五か月経過してかかる症状が出てきたのは、硬膜外注射で一応押さえていた症状が同注射によつても押さえ切れなくなつて生じたものであると証言している(同証人調書六丁裏)。

他方、原告は、同病院において、前記治療期間中、前記疾患と併せ、腰椎変形性脊椎症、腰椎椎間板ヘルニアとの診断も受けており、以前から腰痛があつたとの主訴によりレントゲン検査を行つたところ、腰椎五番、仙椎一番の間に変形がみられ(平成二年一一月五日)、MRI検査でも同所に椎間板ヘルニア、椎間孔狭小化が確認され(同年一二月二四日、二五日)、手術の必要があると判断された(平成三年四月一〇日)。

原告は、平成三年四月三〇日、倉都医師により、後遺障害について、同日症状が固定し、自覚症状として頸部痛、腰痛、両下肢痛(両坐骨神経痛)、右肩、右肘、右膝痛があり、脊髄腔造影、CTMにて第五腰椎、第一仙椎の間の椎間腔レベルで、椎間板ヘルニア及び黄靱帯の肥厚による馬尾神経への著明な圧迫が確認され、腰部脊柱管狭窄症及び腰椎椎間板ヘルニアと判断され、SLRテストにおいて両側陽性であり、坐骨神経痛の誘発があり、両下肢に温痛覚・触覚などの知覚障害、間歇的痙攣があり、両下肢に足趾の屈筋群と下腿三頭筋の軽度ないし中等度の筋力低下があり、腰痛・両下肢痛(坐骨神経痛)などの障害は、今回の事故により増悪したと考えられるが、これら療法は、今後、保存療法、手術療法を施行しても残存ないし増悪する可能性が大きい旨の診断を受けた(症状固定日までの実通院日数六四日、甲第四号証)。

倉都医師は、本件事故が既存障害に及ぼした影響について、もともと存した脊柱管狭窄症のため、一触即発の状態で馬尾神経を圧迫する危険があり、通常の日常生活では特に支障はないが、本件事故の衝撃により弱い組織である馬尾神経が損傷し、右損傷がなかなか回復しないのが原因であるとの見解を示し(同証言調書四九丁裏ないし五〇丁裏)、平成三年六月二五日、自算会からの照会に対し、今回の事故により、腰痛の増強、両下肢の知覚鈍麻、間歇的痙攣の出現、両下肢の筋力低下の出現、坐骨神経痛の出現等の増悪が生じた旨回答している(乙第四号証)。

なお、甲第一二号証によれば、温痛覚、知覚障害の範囲は、その後さらに広範囲に拡大していることが認められる(被告は、右は腰部脊柱管狭窄症、腰椎椎間板などの持病の一般的症状発症過程に過ぎず、時として発症する一過性の症状変化に過ぎないと主張するが、右症状が一過性のものであることを認めるに足る証拠はないから、右主張は採用できない。)。

3  原告の稼働状況

本件事故前及び同事故後の原告の稼働状況は、乙第二一号証の一ないし五八によれば、別表「稼働状況一覧表」のとおりである。

同表のとおり、(前回の事故後)平成元年三月から同年一二月までの月平均稼働日数は一九・七日、月平均走行距離数は二四三三・三キロメートル、平均月収三四万一七五〇円、平成二年一月から同年九月までの月平均稼働日数は二二・二日、月平均走行距離数は一八五六・七キロメートル、平均月収二七万四二二二円であつたのに対し、本件事故後、平成二年一一月から平成三年一月までの月平均稼働日数は一二日、月平均走行距離数は八二九キロメートル、平均月収一〇万九六六六円、平成三年二月から同年一二月までの月平均稼働日数は一五・五日、月平均走行距離数は一二六六・五キロメートル、平均月収二〇万一五四五円、平成四年一月から同年一二月までの月平均稼働日数は一二・四日、月平均走行距離数は一〇八四・一キロメートル、平均月収一六万九二五〇円、平成五年一月から同年一〇月までの月平均稼働日数は一六・五日、月平均走行距離数は一二九二・八キロメートル、平均月収一九万三七〇〇円と減少している。

もつとも、同表のとおり、本件事故後、平成五年一〇月までの三六か月の間、稼働日数が二〇日以上の月が一〇か月あるが、他方、平成三年一月に示談が成立した月の稼働日数は一一日であり、同年四月に後遺障害診断書が作成された月には八日というように稼働日数が極端に少ない月があり、さらに、平成三年七月から同年九月にかけての稼働日数は一〇日ないし一四日に過ぎず、その原因は、同月二四日に「脳梗塞(疑い)、脳動脈硬化症で入院していること(乙第三号証)と関連する可能性を否定できず、さらに、満六〇歳に達したため、国民年金・厚生年金の受給権を得たと考えられる(弁論の全趣旨)平成四年四月以降同年一一月までの稼働日数は八日ないし一六日に過ぎない。

したがつて、本件事故後の原告の稼働日数、月平均走行距離、平均月収は、本件事故前と比較し、相当減少していると認められるが、他方、前記稼働日数自体に相当なばらつきがあるのみならず、本件事故前と同様に稼働していた月も少なからず存すること、また、稼働日数の減少した月は、後遺障害の影響ばかりでなく、心理的要因等も影響しているものと推認される。

4  当裁判所の判断

(一) 以上によれば、本件事故の態様は、原告車にはリアバンパー凹損、リアスカート凹損の各損傷が生じたという比較的軽微なものであるが、同事故後、原告には腰痛の増強、両下肢の知覚鈍麻、間歇的痙攣の出現、両下肢の筋力低下の出現、坐骨神経痛の出現等の増悪が生じており、この原因は、原告には、もともと存した脊柱管狭窄症のため、一触即発の状態で馬尾神経を圧迫する危険があり、本件事故の衝撃により弱い組織である馬尾神経が損傷するなどしたことにあると認められる。そして、本件事故後の稼働日数等は、本件事故時と比較し、かなりの減少が見受けられること、原告の職業がタクシー運転手であることを考慮すると、前記症状は、原告の右業務の遂行にとつて相当の支障が生じたものと推認される(もつとも、これら稼働日数自体には相当なばらつきがあり、本件事故前と同様に稼働していた月も少なからず存し、また、稼働日数の減少した月は、後遺障害の影響ばかりでなく、心理的要因や他の疾患も影響しているものと推認される。)。

かかる脊髄神経の損傷により、身体各部に機能障害が生じた場合には、身体各部の障害等級を個別に判断(準用を含む。)し、併合の方法により等級を定めるのが相当である。そこで、原告の後遺障害について検討すると、原告の両下肢の間歇的痙攀、知覚鈍麻、筋力低下等は、タクシー運転手という原告の職業及び前記他覚的所見が存することを考慮すると、両下肢それぞれが自賠法施行令二条別表等級一二級一二号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に準じる場合に該当し、その他の身体症状は、同等級一四級の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当し、その結果、一二級に該当する身体障害が二箇所あるから、併合して等級一一級に該当するものと認めるのが相当である。

そして、労働基準監督局長通牒昭和三二年七月二日基発第五五一号によれば、障害等級一一級の労働能力喪失率は二〇パーセントと定められていることは当裁判所にとつて顕著な事実であり、このことと前記原告の職業、年齢、治療経過、稼働状況、後遺障害の内容・程度を考慮すると、原告は、前記症状固定時以降、終生、その労働能力の二〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

(二) 右認定に関し、原告は、原告の後遺障害は、自賠法施行令二条別表の等級表九級一〇号の「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することのできる労務が相当な程度に制限されるもの」に該当すると主張する。

原告の後遺障害の原因が前記馬尾神経の損傷に起因する以上、右主張はあながち失当なものではないが(被告は、脳・脊髄損傷でなければ末梢神経に関する障害の分類に入ることになると主張するが、脊髄自体の損傷ではなく、脊髄系の神経の損傷の場合にも、右等級に該当し得ることは当然であり、かかる主張は相当ではない。)、前記後遺障害の内容・程度が間歇的痙攀や知覚障害であり、原告は右障害にもかかわらず本件事故後タクシー運転業務を継続していることに照すと、同障害の存在をもつて「服することのできる労務が相当程度に制限される」場合に該当するとまでは認め難いから、前記原告の主張は採用できない。

他方、被告は、前記原告の後遺障害は、神経麻痺が他覚的に証明される場合でも、障害等級表上、当該部位の機能的障害に係る等級がない以上、同表一二級を準用すべき旨主張する。

しかし、前記脊髄神経の損傷により、身体各部に機能障害が生じた場合に、等級表九級以上の等級に該当せず、かつ、それ以下の等級に直接該当しなければ、常に一二級を準用すべきというのは、身体障害の範囲が小さい場合と大きい場合とでは実質上障害の程度の相違が大きいにもかかわらず、その相違を無視することになり、妥当ではない。かかる場合は、身体各部の障害等級を個別に判断し、直接適用できる等級がなくても準用をなし得る場合には、各部ごとに等級を判断し、その上で併合の方法により等級を定めるのが相当である。

なお、このような見解は、実際の保険実務の取り扱いとは異なるようである。しかし、保険実務上も、一下肢の完全麻痺と軽度の尿路障害が生じた場合、併合の方法が用いられているが、この考えを前提とすると、一下肢に一二級に準ずる障害が生じ、同時に軽度の尿路障害が生じた場合でも併合の方法によるべきであり、さらには本件のように二下肢にそれぞれ一二級に準ずる障害が生じた場合でも同様の方法によるのが筋となろう(もつとも、他覚的証明がある神経障害について、この方法によつても、一二級を超えた等級にならない場合に、一二級と認定することが不当でないのは当然であり、このような場合には、現在の実務のとおり一二級と認定するのが相当と解される。)。

したがつて、前記被告の主張も採用できない。

(三) もつとも、前記のとおり、本件事故が比較的軽微なものであること、原告は、本件事故前、もともと存した脊柱管狭窄症のため、一触即発の状態で馬尾神経を圧迫する危険が存する身体的素因があつたこと、本件事故後の稼働日数には相当なばらつきがあり、本件事故前と同様に稼働していた月も少なからず存し、また、稼働日数の減少した月は、後遺障害の影響ばかりでなく、心理的要因や他の疾患が影響していると推認されることを考慮すると、後記損害の算定に当たり、その全てを本件事故によるものとして評価することは、損害の公平な負担の理念に照らし相当ではない。したがつて、本件においては、後記損害の算定に当たつては寄与度を考慮し、その五割を減額するのが相当である。

二  損害

1  後遺障害逸失利益(主張額三九六万九三二四円)

甲第四、第一七号証によれば、原告は、昭和六年一二月一〇日に生まれ、平成三年四月三〇日の症状固定時、五九歳であり、本件事故の前年である平成元年の所得は、二四五万八八四四円であつたことが認められる(なお、原告は、本人尋問において、月平均七〇万円以上の水揚げがあつたと供述するが、別表稼働状況一覧表での旅客運送収入の推移、原告の主張においてすら右二四五万八八四四円をもつて所得額としていることなどに照らすと、原告の右供述は信用できない。)。

前記認定のとおり、原告は、本件事故により労働能力の二〇パーセントを喪失したところ、弁論の全趣旨によれば、原告は、満六七歳に至るまで稼働することが可能であつたと認められるから、ホフマン方式を採用して八年間の中間利息(六・五八八六)控除し、右症状固定時の後遺障害逸失利益の現価を求めると、次の算式のとおり、三二四万〇〇六七円となる(一円未満切り捨て、以下同じ。)。

2458844×0.20×6.5886=3240067

2  後遺障害慰謝料(主張額五〇〇万円)

前記後遺障害、原告の職業、年齢及び家庭環境等、本件に現れた諸事情を考慮すると、慰謝料としては、三〇〇万円が相当と認められる。

3  小計

以上の損害を小計すると、六二四万〇〇六七円となる。

三  寄与度減額、損益相殺

1  前記認定のとおり、本件損害の算定に当たつては寄与度減額により、本件事故により生じた損害の五割を減額するのが相当であるから、六二四万〇〇六七円つき同減額を行うと、残額は三一二万〇〇三三円となる。

2  原告が被告から自賠責保険金として一四二万円を支給されたことは当事者間に争いがないから、右三一二万〇〇三三円から一四二万円を差し引くと残額は一七〇万〇〇三三円となる(同額は、平成三年政令四号により改正される以前の等級表一一級の限度額三一六万円から既存障害の等級である一四級の該当金額である七五万円を差し引いた二四一万円の範囲内である。)。

四  まとめ

以上の次第で、原告の被告に対する請求は、一七〇万〇〇三三円及び(自賠法一六条一項の請求権が法により特別に創設されたものであることを考慮し)これに対する本訴状送達の翌日である平成四年一一月三日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大沼洋一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例